やる前からの批判とやってもいないのに批判
先日の山本太郎の都知事選の話に通ずるものがあるんだけど・・・
都政や国を変えるような人って、我々一般人には想像できない事をやり遂げようとする人なんじゃないかな?って思うんです。
そんなの絶対無理に決まってる!みたいな発想って、自分の中での限界値がその否定形の発言にはあるわけですよ。
ヤフコメなんかを見ていると、国とかの借金を我々国民の借金のような勘違いコメントを堂々と載せている人もとても多い。
皆さん、やる前からなにを怯えているのだろうか?
山本太郎が公約を守れないかも知れない事にはすっげ~~批判的なコメントが多いけど、小池さんの公約が実際守れなかったものが大きいにも関わらず・・・
結果に対しての批判は大きくないどころか、またその公約を守れなかった人が
「最有力」
みたいな報道のされかたに違和感を感じる。
皆さん、家づくりにおいて、「どこの住宅会社が良いのかな?」って調べますよね?
例えば、子どもの病気である中耳炎とかになった場合、かかりつけの小児科かから耳鼻科に行く事を話しされたら、おススメの所を聴きませんか?
家づくりで、例えば酷い工法ばかりで建てまくって倒産して、その家が沢山解体されているとします。
その倒産した会社社長がおススメする会社に、契約前提で話聞きに行きますか?
例えば、子どもがケガしたのはママのせいですよ!とか、ここまで風邪が悪化したのは親のせいですよ!
なんていう小児科医がいたとして、その人がおススメする病院に、行きたいと思いますか?
例えば下記の構図・・・
いつもの選挙って、
「自民党以外にパッとしないから」
といって、自民党に入れている人、多く無いですか?
野党はだらしないとか、野党はパッとしないっていう人いますよね?
で、今回のコロナ禍で、皆さんの目には自民党ってどう映りました?
全然ダメダメだと僕は思う党の人達が推薦・支援している人に、僕なら未来を託せない。
シミュレーションでもそうです。
何度も言っていますが、シミュレーションを否定したがるのは、シミュレーションをやった事もない人たち、そして、シミュレーションが出来ない人たちです。
家づくりに関しては、最近UA値0.47辺りの数値が出やすいのかな?
その検索ワードでラファエル設計を見つけている人がたまにいる。
これに関しては所長ブログ②で書こうと思う。
最近、仕事でも、人と話をしているとよく思うのですが・・・
「言った・言わない」
の為に、すっごく自分を守るような言動しか出てこない人が多いように感じる。
そんな場面の度に僕はいってあげます。
「僕は、あなたの発言に対して、あの時こういったからこうしたとか、そういう事は言わないから安心してください」と。
今の時代・・・
色んな物が便利になったけど、多くの人は「批判・責任」という物に対して、昔よりも過敏になっていて、何処かに逃げ口を作らないと自分を守れないような感じになっているように思う。
そして、「責任の取り方」という物に対して、一国の首相が見本となるならば、
「責任は私にあります」
と、ただ言えばよいのだという事が分かった(笑)
そして、それを何度も繰り返せばよいのだという事が分かった(笑)
それを真似する事はありませんが・・・
まあ、責任っていっても、どんな責任の取り方がある?
なんかさ、やる前からも批判、やってからも批判・・・
批判だらけの世のなか。
成功している人や、やっている事を称賛すれば「信者」とされる。
今の世の中・・・
「信頼する」
というものに、とても怯えているのではないだろうか?
と思えます。
「騙された」
と一番思うのは、今の自民党だと僕は思う。
そして、「温熱欠陥住宅」だと僕は思う。
騙されているのを黙認していたり、知らないふりをし続けるから・・・
日本は20年のデフレから脱却できないでいるんじゃないのかな・
変ろうとする勇気を持とうとしないから、今までのものが悪かったとしても、良いものとして自己暗示に掛けているんじゃないかな。