東日本大震災から9年
2011年3月11日・・・
東日本大震災から9年ですね。
鉄筋コンクリートの小学校が下記の様に「せん断破壊」しまくりでした。

詳しくは下記でもブログ書いてます。
震災当時、僕は設計事務所勤めでした。
この時、「震災復旧業務」に係わる仕事は、押し付けの様に僕は担当されてきました。
設計者の仕事としては、もの凄くつまらないものでした。
こんな事を言うのは不謹慎ですが。
だってさ、会社からとしての評価としては、これらの仕事をいくら頑張っても、評価される訳ではなかったから。
事務所には、「花型物件」か「つまらない物件」という感じで区分されてました。
でも、今ではこれらの経験があったからこそ、耐震に対する考えとか保全に関する考えなど至る事が出来ていると感じるので、感謝しています。
やっぱり窓廻りとか、小壁の部分とか、ひび割れしやすいとか破壊されやすいとか・・・

予想がつけるようになりましたよね。
今日は、設計人生で一番大変だった、震災復旧業務の設計での
ビフォーアフターで振り返るとしよう・・・。
まあ、こんな感じです。
ビフォー、アフターで全く同じところを撮っている訳ではありませんが、教室、廊下、トイレをこれらのように全室改修して行った感じです。
掲示クロスの色は、個人的に僕のお勧めを言って行って、ミントグリーンとかミントブルーで決まっていきました。
兎に角、描いた図面は合計155枚。
- 改修前と後の平面図
- 何処をどう改修するのか?を記載します。
- 改修前と後の立面図
- 下記は改修後ですが、改修前も用意します
- 改修前と後の断面詳細図
- 昇降口とか
教室とかこれらは改修後のみの図面なので、他に「改修前」も存在します。
- 改修前と後の展開図
- 全室描きます
- 改修前と後のトイレ図
- トイレなど、特殊な部屋は別で描きます。
これらはほんの一部ですが、現地調査を全ての部屋行い、家具などの違いも忠実に再現します。
まあ、兎に角毎日深夜0時を超えて仕事するのは当たり前の業務で、少し手伝ってもらったものもありますが、下図は基本僕が描いていたので、泣きたくなるくらいに大変でした。
そんな中、一級建築士の勉強なんてまともに出来ないっすよね。
兎に角・・・
東日本大震災というのは計画停電だったりを経験させてもらったり、色んな事が教訓になりました。
東日本で家が倒壊してないから、栃木県は大丈夫何て言う人いますけど、東日本はどちらかというと「津波」によっての被害が大きく、栃木では全域で倒壊するほど揺れが凄かったわけではありません。
ただ、多くの人は分かったであろう・・
瓦屋根の無意味さ。
建物というのは、軽い程耐震性は良くなります。
僕の中で、瓦を使うメリットは全く感じないので、使う事は無いです。
まあこんな感じで・・・
「防災」
という面で、年に一度くらいはきちんと考えるべき日が今日なのかもしれませんね。